寝言の真相
ギルカタールの王都は夜でも眠る事を知らない。 悪人国家と呼ばれるだけあって、他国のおいては人様に顔向けできないような職に就いている者が多いからだ。 そいつらにとっては夜は格好の仕事場だ。 そんなわけで、特に行き交う人の多い繁華街の酒場で、シャーク=ブラントンは手の中のグラスを転がしていた。 その某プリンセス曰く、三下っぽい容姿から誤解されがちだが、シャークが夜の酒場に現れることは珍しい。 というのも、平時はたいてい病院にいるせいだ。 酒場に来て呑んでいる間に急患が飛び込んできて緊急手術に・・・・なんて事態を避けたいせいもある。 まあ、シャークの所有している病院には優秀な医師や看護師が揃っているので、彼らに任せて夜遊びに繰り出すこともできない事ではなかったのだが、あまりしなかった。 それを最近、する回数が増えた。 理由は、ちょっと離れたカウンターでバーテンと何か喋っている女。 そうしているととてもそうとは見えないが、このギルカタール王国の第一王女、アイリーン=オラサバルのせいだ。 25日間の期限付きで国王と取引中の彼女は、協力者であるシャークをそれは遠慮無く昼となく夜となく引っ張り回してくれている。 昼間はモンスター退治に、夜は夜遊びに。 もちろん、最初に王に彼女への協力を約束した手前、アイリーンがやってきて「シャーク行くわよ!」と言えば、問答無用で同行せざるおえない。 そんなわけで、商売も病院も取りあえず最低限の事以上は脇に置いておいて彼女に付き合わざるをえなくなっているわけなのだ。 はっきり言って問題だった。 何が問題かって、それは・・・・ 「・・・・俺はほったらかしかよ・・・・」 思わず口から零れた言葉が、妙に拗ねた響きを持っていることに自分で気が付いてシャークは顔をしかめた。 何が問題かって、それは ―― アイリーンに付き合うことが、全然嫌でも迷惑でもない事がだ。 それどころか、朝、アイリーンが顔を出すのが前の日より少し遅いと、別の誰かを同行させて出かけてしまったのではないかと妙に不安になったりするし、夜に声がかからなくてもまったく同じ想像をしてイライラしたりもするしまつだ。 おまけに、夜遊びに付き合って酒場に来たのはいいものの、アイリーンが用事を済ませてくるといってバーテンと話しに行ってしまえば、途端に不満が燻る。 (姫さんのことだから、バーテンから情報収集でもしてんだろうけどよ。) この酒場はギルカタールの繁華街においては高級な方にはいる。 そういうところのバーテンはえてして非常に情報を持っていることが多い。 それらは仕入れておいて損はないのだ。 おそらくアイリーンもこの期間が始まる前からこの酒場には顔を出していたのだろう。 馴染みのバーテンから情報収集をして、ついでに世間話の1つや2つしている・・・・と、頭では簡単に理解できる。 けれど、面白くない。 放っておかれるのも、バーテンと盛り上がって話しているのもどっちも。 (ガキか、俺は・・・・) 子どもじみた嫉妬だということは、とっくの昔に自覚済みだ。 最初は戸惑ったが、結局はそういうこと。 アイリーンの関心が他に向いているのが面白くないのだ。 そんな自嘲を誤魔化すように手の中で弄んでいたグラスを煽れば、少しきつめの酒が喉を灼く。 (別にずっと見てたいほどの美人ってわけでもねえんだけどなあ。) そう思いながらも、視線の戻る先はやっぱりアイリーンなのだ。 シャークの基準からすれば地味な、けれど彼女によく似合っている群青色のドレス。 薄い青の紗々の下の夜色の髪。 砂漠地帯のギルカタールにしては、白い肌。 気が強そうだったり、可愛かったり、底知れなかったり、魅力的な瞳に、赤い唇・・・・。 ぼんやりと眺めていると、ふいにアイリーンが視線を揺らした。 「?」 なんだ、とシャークが思う間もなくつっと滑るようにアイリーンが振り返る。 そして、目があった。 ぶつかった瞬間、アイリーンの目が少しだけ驚いたように見開かれる。 その反応に、シャークは気が付いてしまう・・・・アイリーンがシャークの視線に気が付いて振り返ったのではない事を。 単にシャークを見ようと視線を滑らせただけだったのだと言うことを。 途端に、かっと顔が熱くなった。 それはどうもアイリーンの方も同じだったらしい。 遠目に戸惑ったようにアイリーンが視線を彷徨わせるのがわかって、それから。 居心地悪そうに、アイリーンは笑った。 悪戯でもみつかった子どものようにバツが悪そうに、そしてどこか嬉しそうに。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 アイリーンの視線がバーテンに戻っても、しばらくシャークは固まったまま、彼女を見つめていた。 数秒後。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 完全に赤くなっているであろう顔を隠すように手で覆って、シャークは頭を抱えた。 (今のはずりいだろ、姫さん。) あんな顔を見せられてはたまったものじゃない。 完全にノックアウトもいいところだ。 「ああ、くそっ」 悪態をついているように誤魔化して、さっき危うく手から落としかけたグラスをガブガブ煽った。 酔ってでもいないと危ない。 王女であるアイリーンと、自分のような商人が釣り合わないことがわかっていても余計な事を口走ってしまいそうな気がする。 (あんたは『普通』になんかなれねえよ、立派な・・・・悪女だ。) 口に出したらアイリーンにどつき倒されそうな事をこっそり考えて、シャークは苦笑した。 それでも、その『悪女』にはまっていく自分が酷く心地よくて幸せなのだから世話はない。 一気に酒を煽ったせいで急速に襲ってくる眠気に飲み込まれながら、夢の中なら血迷ったことの1つや2つ囁いても許されるだろうか、などとぼんやりと思う。 ―― メイズと俺の側に、ずっと姫さんにいて欲しい・・・・ なんて、夢みたいなことを。 自嘲気味な事を考えながら、ゆっくりと眠りに落ちていく瞬間、カウンターを離れるアイリーンの姿が見えたような気がした・・・・ 〜 END 〜 |